hokkori

ハムチラのいる暮らし

たとえ明日、世界が滅びても

みなさまこんばんは🐹

 

この数年、特に去年〜最近にかけて

いろんなことに対する見方が

自分の中で変わったように思います。

 

その一つが“良い人生の定義”です。

 

わたしは今まで何かが手に入ったり

何かができるようになったら

良い人生だと思ってきました。

 

それはわたしが子どもの頃に

いじめられた経験があったり

 

結婚してからは義母や夫の家族に

否定されてばかりだったりして

 

「見返してやりたい」とか

「あの人たちに認められたい」

と思ってきたからだと思います(>_<)

 

だけど少し考えが変わりました。

 

何かが手に入ったら良い人生ではなくて

大切にしたいものを大切にして生きることが

良い人生なんだと思うようになったんです。

 

たとえば作家になるのが夢という人は

作家になれたら良い人生だけど

なれなかったらダメな人生ではなくて

 

作家になる夢を大切にして生きれたら

それ自体が幸せということです。

 

作家になるための行動を日々とって

あー自分は本当に作家になりたいなぁ

という気持ちを胸に抱いて生きる。

 

そこで他人の「なれるわけない」

てきな発言を気にしてモヤモヤしたり

 

「た、たしかに…」と思わされて

夢を捨ててしまったり

 

作家になるための行動をとるのを

一切やめてしまうとかが不幸だなと

わたしは思ってしまいます(>_<)

 

世の中には、何かするときに

実現可能性はどれくらいあるか?

それの結果はちゃんと出るのか?

それをやってたら他人はどう思うか?

 

などを気にして行動をやめてしまう人や

せっかくの芽を摘んでしまう人もいるなと思います。

(わたしもそうだったし今でも時々なる)

 

前に、うちのチーズが

ケージにスリッパを持ち帰ろうとしたとき

夫が「持って帰ってどうすんだろうね?笑」

と何気なく言ったんです。

 

これは本当に何の気もなく

出た発言だとは思うんだけど

 

現代人がよくしてしまう

思考の一つだなと思います。

 

チーズはただ持って帰っただけ。

持って帰りたいから持って帰る。

 

食べたいから食べる。

寝たいから寝る。

💩したいから💩する。

 

動物はそれだけな気がします。

 

それをやってどうなるの?

今更やって意味あるの?

という思考は人間が持ち合わせた

特有のモノなんじゃないかって。。

 

それだと、叶わないからやめる。

できなそうだからやめる。

できそうならやる。

みたいになっちゃう気がします💦

 

結果にこだわる人生は幸せなのかな?

 

作家の話は一つの例えで

大切にしたいものは

人によって違うと思います。

 

その人の大切にしたいものを

大切にして生きれたら

“幸福な人生”と言えるんじゃないかな?

 

宗教改革化のルターの言葉で

たとえ明日、世界が滅びても

私は今日リンゴの樹を植える

というのがあるみたいです。

 

これにはいろんな解釈があるようだけど

わたしはこんなふうに捉えました。

 

結果を出せる出せないに関わらず

自分がやりたいと感じたことを

ちゃんと自分にさせてあげること

 

自分が大切にしたいものを

大切にして生きれたこと

大切にしたまま死ねたこと

 

それ自体が人間の心に

喜びを与えるんだよ、と。

 

わたしもまだまだだけど

毎日ちょっとずつ

前進して頑張ります。

 

わたしの周りの大切な人も

大切にしたいものを

大切にして生きれますように(*´ー`*)

 

それではまたです🐭